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[Photo]2019.8.16 新代田FEVER「天使のピクニック」2019/10/09

Photo by Atsuki Umeda

TOMOE2019/06/08

少し久しぶりの更新。
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いまTHE NOVEMBERSは

tacica、People In The Box、と一緒に“ TOMOE ”というツアーをしている。

すでに仙台、大阪、福岡を終え、あとは6月9日名古屋、6月14日東京の2本を残すばかりだ。

僕たちは7、8年ぶりに集まったわけだけど、それほど時間が経ったとは思えないくらい、自然な空気が流れている。
初日、仙台の会場に到着し、フロアのドアを開けると、ピープルが機材をセッティングしていた。

その光景に対し、懐かしいとか、久しぶりとかいった感覚がまるでなかった。
後にtacicaが機材を搬入してくる様子に対しても、同様。
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僕たちは、古い仲間、昔からの友達に久しぶりに会ったわけじゃなく、
ただ、現在の自分たちで“今”を持ち寄った。という。
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とにかく、この“ TOMOE ”がとてもいい。意味のある、価値のあるイベントだ。

小林祐介

はじまり2019/05/02

今日の更新は、日付ごとに思い出しながら書くスタイルでなく、もっと思いついたままに書くよ。
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いま、友達の新作(まだ告知解禁前だから誰のものかは書けない)を聴いている。何日か前から、何周か聴いてるんだけど、まだうまく言葉にすることができないでいる。
友達の作品を褒めるのは簡単だ。だって、友達のことは、つい、いいところを見てしまうから。いいところを見つけて、そこを好きになって、作品を楽しむ。人付き合いそのものにも、そんなところあるよね。
でも、本当にすごい作品は、そんな楽なことをさせてくれない。

スッと胸に入ってくるもの
僕の頭をかき回すもの
ナイフで刺されたような気分になるもの(ナイフで刺されたことないけど)
鈍器で頭を殴られたような気分になるもの(鈍器で頭を殴られたことないけど)
太陽のように直視できないくらい眩しいもの
恋をしている時のように胸をドキドキさせるもの
崖から突き落とされそうなくらいスリリングなもの
長い長い映画を観終わった後のように、疲れ切ってしまうもの

いろいろある。

でも、すべてに言えるのは、僕はそれに“向き合わざるを得ない”ってことだ。無視できない。

で、僕はいま友達の作った新作を聴いているわけだけど、まさにそれに“向き合わざるを得ない”状況なわけです。
いろんな感情がうごめいている。
喜び、興奮、敬意、そして、たぶん嫉妬もある。

今作も素晴らしいね!!とは、悔しくて言えない。みたいな単純な嫉妬じゃないんだよな。これは。

この素晴らしさを自分なりにきちんと言葉にして返したいんだけど、なんて返そうか悩んでいて、いまだにメールを送れないでいる。
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もともと、僕は人を妬んだり、羨んだり、憎んだりすることに激しく振り回されてきた。同時に、“他人の感情”というものを読み取り理解する能力が極めて乏しく、それらによってたくさんの人に迷惑をかけたり傷つけてきたという自覚もある。変わらず近くにいてくれる人もいるし、離れていった人もいる。そんな自分を変えたいと思い、自分の言動によって身の回りに起こったことの傾向を理解しようとしたり、その対策を考えたり勉強した。そして、それらを少しずつ実践してきた。
まだまだ人間として未熟である(悲しいくらいに)ことは大前提だけど、うまくいったことがたくさんあると、僕は思っている。

まあ、そんなこともあって僕はあまり人を妬んだり、憎んだりすることが極端に少なくなった。
ポジティブな意味では、穏やかな心でいられる時間が増えた。ネガティブな意味でいうと“どうでもいい”人や物事が多くなってしまった。目の前にあることを、目の前にあることとして触れることができるようになったことで、他人と何かを競うこと、比べることが、自分にとってあまりに無意味であること、価値がないことと思うようになった。

なんでこんな話をしているかというと、ある疑問が湧いたからです。
僕がいま友人の新譜に感じているこの“嫉妬のような感情”は悪いものなのか、という問い。

自分や周りを不幸にしている“自分のこの感情は間違っている”という半ば強迫的な矯正を、何年もかけてしていたんだけれど、それによって、僕は間違いなく見過ごしていることがある。向き合えていないことがある。
湧いてくる感情は、どんな形でも正当なんだ。だって感情なんだもん。
それとどう付き合うか、どう形にする(あるいは、形にしない)かが大事なだけで、心を抑圧する必要はなかったんだ。
そりゃあ感情を垂れ流しにするのはクソだなと思うけどさ。
でも、いつのまにかうまく喜べなくなっていたこと、うまく悲しめなくなっていたこと、きちんと怒れなくなっていたことがある。他には、現実的な目標ばかりがあって夢を抱かなくなっていたり、とかさ。
憎むこと、羨んだり、妬んだりすることも、意味があったのかもしれない。いや、意味や価値を見出すこともできたんだ。
綺麗なことだけでなく、どんなにネガティブな物事・感情も、それすら、世界を飾る花に変えることができる、大空を飛ぶ羽に変えることができる。っていうか、それしかするべきことはないはずだよな。
他人にとってはゴミがゴミのまま道端に捨てられてるだけでも、人によっては、それを花や羽に変えられる。それだけが世界を清浄にする。どこまでも正常に、混沌という調和が。
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友人の新譜を聴きながら、そんなことを思った。と同時に、すっかり忘れていたいろんなことも思い出した。
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何年も前
「ここは通過点、俺はもっとビッグになる」と語っていた別の友人Kは、本当にビッグになった。

当時のKのことを思い出すと、あれは“夢”でありながら、“現実的な目標”だったんだなと思った。
僕はそれを冷めた目線でみていた。
同時に、彼が本当に眩しかった。話してる内容じゃない、夢を勝ち取ろうとしているその姿が、だ。
そして多分、僕はそれに嫉妬していたんだ。他人事にして、誤魔化していただけで。
「いいじゃん、きっとやれるよ」
みたいなことを言ったんだったかな。「俺はこれをする」って語れる何かがなかったんだ。
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だから、はじめよう。

小林祐介

なるべく読み返さない2019/04/25

4月21日
このブログを再開するにあたって、自分に課しているルールが二つある。
一つ目は「思いついたまま書く」こと。あらかじめ具体的な文章を思い浮かべようとすると、
欲が出て、きちんとした文章、気の利いた言い回し、そういったものをついつい目指してしまう。
そうすると結局一行も書けないまま、1年間くらい放置してしまう。で、全く更新していないブログの存在が気にかかり、もやもやし続けることになる。だから、とりあえず書くために「思いついたまま書く」ようにしている。

二つ目は「なるべく読み返さない」こと。読み返すと、編集したい欲が出てきて、よりきちんとした文章、より気の利いた言い回し、そういったものをついつい目指してしまう。
そうすると結局一行も納得出来ないまま、投稿自体を消してしまったりして、1年間くらい放置してしまう。で、全く更新していないブログの存在が気にかかり、もやもやし続けることになる。だから、とりあえず更新するために「なるべく読み返さない」ようにしている。

これらを試してみて気づいたことは、思考は言語で行われている、ということです。なんかバカみたいなこと言ってますけど、今更気づきました。

何か物を作る時、デザインするときなどは、言葉にならない漠然としたイメージ(色とか形とか、質感、温度感、なんでもいいんだけど)が頭を駆け回っているのを感じるけど、しっかりと物事を考える時(スケジュール管理、仕事やそのプランの整理、見た映画や読んだ本、聴いた音楽の考察など)は、間違いなく僕は言葉を使って考えてる。「●が×だから、▼であって…」みたいな感じだ。もちろん日本語。

で、いつのまにか考えたことを文章にする、というプロセスのスピードが上がっていって、文章を書くことで考えてる、ような状態になる。で、まさにいま思い出したのが、もともと僕そうやって文章書いてたんだ。

読み返したいけれど、ここで終わりにする。

4月22日
相変わらず、家族全員の体調がよくないので、各自の通院の為にスケジュールをやりくりした。

4月23日
阿部芙蓉美さん、バイオリンのめかるさんと、セッション曲の合わせをした。26日下北沢440の最後にカバーする曲。芙蓉美さんとはもう何年も前からいつか一緒にやろう、という話をしていたので念願がかなって嬉しい。彼女の歌が本当に好きだ。
僕は、性別を問わず、歌にどこか翳りがある、憂いがあるような人が好きだ。
希望や喜びを歌おうと、日常を歌おうと、絶望や空想、怒りや苦しみ、美しさ、祈り、そのどれでもないもの、何を歌おうと、滲み出てしまうその人の声が持つ翳りや憂いのようなものがある。つい出てしまうもの。
でも、結局他人に僕が惹きつけられたり、反応してしまう部分ってそこかもしれないな。つい、出てしまった本当の部分。隠せなかった部分。

 

4月24日
リハーサル。5月のラママに向けて、セットリストのアイデアを出す。
かなり久しぶりの曲をやる予定。実は、この曲(っていうかその曲が入ってるアルバム)には未練がある。当時のリリースツアーで、全く表現しきれなかったから。自分たちのライブのレベル、クオリティ、モード、そのどれもが作品に追いつけていなかった。
いや、思い起こせば、リリースツアーはいつもそうだったかもしれない。
もっと、ずっと後になってようやく作品のことが“わかる”時がくるんだよね。「あ、そうだったのか」みたいに。
でも、作品をわかったころには、僕の興味はすっかり次の何か、別の何かにいってしまっていた。
で、わかりかけてた感覚も少しずつ失くしていってしまう。
だから、久しぶりの曲をやるときは、いつもその“感じ”を思い出したり、再解釈をしなければならない。

これからは、新曲を作りつつ、過去にやりきれていなかった部分などもしっかり楽しんでいきたい。
変化というよりは、積み重ねかな。どうせ変わっていくしね。

4月25日
とある映画の試写会に渋谷へ。この映画について後々取材が行われて記事になる予定です。
試写が終わった後、51Recordsケンジさんと櫻坂で塩そばを食す。
夕方、息子が僕の携帯をおもちゃにしていたので取り返したんだけど、いつのまにかTwitterに投稿していて驚いた(もちろん、暗号みたいな謎の文章)。
なんか気が利いたこととか、素敵な詞とか書けるようになってくれないかな。
とか思いつつ、息子の投稿に何か宇宙や未来からの暗号があるかもしれないとSF的に思って、ぼんやりながめたりしている。

 

小林祐介

さくら味のソフトクリーム、二口しか食べなかった2019/04/22

4月16日
二児たちと家で過ごす。子供番組の音楽って、発見があるものがたまにあって、コーネリアスが音楽を担当してる「デザインあ」とかは面白い。
娘もそれでよく聴いていたからか、フジロックではコーネリアスにノリノリだった(ビョークの時は一瞬で寝た)。

 

4月17日
スタジオ。19日のGARAGEに向けて通しリハーサルをする。

 

4月18日
息子が体調を崩し病院をはしご。

夕方は、鯉のぼりを組み立てながら、トラックメイクをした。
鯉のぼりってなんなのかよくわからないまま大人になって、よくわからないまま組み立てていて、
「あれ、いま自分は何をやってるんだろう、これって」という気持ちでビートを作った。

思えば、身の回りはそんなものばかりだ。伝統とか、風習も、なんでそれが行われてるとか、そういうことをほとんど知らないまま、そして特に知ろうともしないまま大人になってしまった。
いまになって「へー、そんな意味があったのかー」なんて感心したりすることばかりだけど、僕は自分の無知をもっと恥じるべきだと思った。
いま現在、何かを“知らない”ってことは、仕方がないことだ。何のせいかはしらないけど、今日まで知らなかったんだから、それはもう仕様がない。

でも、自分と関係のあることにも関わらず
“自分はそれを知らない”
“自分には知らないことがある”
という自覚が芽生えた時に、それをそのままにしてしまっていた自分が恥ずかしかった(今回なら鯉のぼり)。

別に、何でもかんでも知りたいわけじゃないし、何でもかんでも知らなきゃいけない、なんてことはない。

ただ、“建前”としてでも子供の為に鯉のぼりを組み立てているのに、これが何なのか、意味も目的もわからないまま漫然と手を動かしている自分が、あまりに愚かに思えてきたんですね。思考停止とはまさにこれ。おまえは牧場の家畜以下か、と。

人によって、状況によって、生き方によって、知っていた方がいいこと、知らなきゃいけないことがある。それらを“知ろうとする”ことを放棄したとき、無知は恥ずかしいものになる。

鯉のぼりに限らず、僕は自分の無知が恥ずかしい。

 

 

4月19日
下北沢GARAGEにてワンマンギグ。先日のツアーファイナルと同じセットリストで臨んだ。
このライブハウスへ来ると、やっぱり昔のことを思い出す。
以前、Twitterとかに書いたこととかね。メイクをしてステージに上がろうとしたんだけど、直前で怖気付いてやめたって話。この日は、普通にメイクをした。特に何も思わないくらい、あたりまえに。

(Photo by Daisuke Miyashita)

宮下くんが隠し撮りしてたので載せておきますね(頭の右上にゆるい字体で“運命”とか書いてあって笑った)。梅田さんに続き、彼の撮ってくれたライブ写真も後に掲載します。

そういえば、この日スタッフチームや仲間内で話していて思ったのは

「やっぱりTHE NOVEMBERSは広いところで観たいな」という感想と
「やっぱりこのくらいのキャパで至近距離で観るTHE NOVEMBERSはいいな」という感想

両方あったな、ってこと。僕らも、両方感じてる。どっちも最高さ。両方表現できるのがいい。
いつのまにか、どちらかしか表現出来なくなってしまうこともあるんだ。良くも悪くも。

終演後、各々の都合などもあり、打ち上げはせずに帰宅。

「ANGELS」、いまだにひと段落ついたような気持ちにならない。

眠れなかったので映画「王立宇宙軍 オネアミスの翼」を観る。

 

 

4月20日
二児たちと家で過ごす。実はこの一週間くらい一家全員で体調を崩していて、khaos。

 

4月21日
快復した娘と二人で近くの公園へ。ソフトクリームを食べたいと言うので買ったけれど、期間限定のさくら味しかないとのこと。
二口くらいは喜んで食べたけれど、すぐにテンションが下がり「パパに全部あげる…」といってよこしてきた。いつも通りのバニラ味がよかったみたいだ。
公園に来ると、子供達ならではの秩序や遊びのルールみたいなものがあちこちで自然発生していたりして、面白い。知らない子供が勝手に遊びの仲間に入ってきたり、いつのまにか抜けていたり。
よくわかんないけど、ポイント制みたいなシステムで動いてる遊びがあったり(いまのは○点!とか、仕切ってるやつがいて、みんなそれに従ったりしてるんだけど、僕には全くルールがわからなかった)
しかしすごいよね、全然知り合いでも何でもなくて、相手がどんなやつかもわかんなくて、名前すら名乗らずに、とても楽しそうに遊んでる。ルールも曖昧なまま。

いつくらいからかな、大学生くらいになってから友達同士で言う“遊ぶ”という言葉にしっくりこなくなった。飲みに行ったり、お茶をしたりするのも“遊ぶ”ことに含まれるんだけど、別に遊んでないじゃん、って思ってしまうんだよな。
子供みたいにかくれんぼとかゲームしたりするのが“遊び”である、とか言いたいわけじゃなくて、
“遊ぶ”という名目で集まった僕たち、これといった“遊び”をしないまま解散、みたいな認識だったんだよね。お酒飲んだだけ、映画とか恋の話をしただけ。

その点、バンドでスタジオに入ったり、曲作ったりするのは、かなり遊んでる感があるんですね、僕の場合。童心っていうのは、返る場所や精神状態のことじゃなく、作法のようなものかもしれない。触れ方、と言ってもいい。とびきり優雅な野性。っていうか、野性っていうのは何よりもエレガントだよな。

小林祐介

2019/4/19@Shimokitazawa GARAGE / Photo by Atsuki Umeda2019/04/21

Photo by Atsuki Umeda

Femme fatale2019/04/15

4月12日

久々のリハーサル。体調は少し良くなったけれど、声の調子が戻らず。
メンバーと話す時間が多かったな。表現の強度を高めるために、各々スキルを磨く必要がある。

入れ違いでdownyのロビンさんとばったり会う。

7月9日Shibuya WWW Xにて行われる downy × THE NOVEMBERSの共同企画
“情けの首”

チケットの残り枚数も少なくなってるようなので、ご購入はお早めに。

4月13日

ファミリー向けの小さなフリマに行った。住宅展示場内でやっていたので、ついでにモデルルームをいくつか見学することに。自分も「こんな家が欲しいなー」とか思ったりするんだろうか、と若干気後れしていたんだけど、楽しかった。
でも「こんな家が欲しいなー」とはなぜか思わなかったな。
もちろん、広くて素敵なモデルルームだったし、住んだら楽しそうだなとか、便利そうだなとは思ったんだけど。

なので、自分はどんな家が欲しいかを、いま5分くらい考えてみました。
極端に言うと、ハウルの動く城みたいなやつなんだよね。でかくて移動できるやつ。あとは、ホテル暮らしみたいなものは便利そうだなって思う。多分僕は、家を買って、その土地にい続けなきゃいけない(もちろん、家は売ったり貸したり、そこに住まないって選択肢はあるんだけどさ)っていう状態・気分・ムードみたいなものが嫌なのかもしれない。かといって旅に出ていろんな場所にいきたいとか、そういうわけじゃないんだけど。

うーん何なんでしょうね。よくわからない。

4月14日

コーチェラの配信などを観た。いろいろよかったけど
Billie Eilishがすごくよかったな。友人が現地で観ていたらしいんだけど、シンプルな演出や客のテンション含め最高だったらしい。

4月15日

すっかり暖かくなった。リハーサル。ゆったり歌い始め。だいぶ調子も戻ってきた気がする。
19日のセットリストを通した(これは敢えて伝えておきますが、先日の赤坂BLITZと同じです)。
赤坂BLITZと下北沢GARAGEの対比をお楽しみに。

ANGELSツアー、東京以外は200-250人キャパくらいの会場(大阪と名古屋のクアトロは500-700人キャパくらいだったかな)で密室感、臨場感バリバリでやってきたので、せっかくだから東京の人にも楽しんでもらえたらなと思っていた。そんな時に、ちょうど下北沢GARAGEから25周年記念公演のオファーがきたんだ。すぐ、やろうぜって話になった。

ちなみに、チケットは発売して即完売だったんだけど、思えば我々もチケットノルマたるものを払ってライブをしていた時期があったな。毎回こっちがお金を払って、ライブしてたんだ。結成当時とかね。
ただでさえ金がなくて死にそうだったのに、ノルマを払ってグダグダ説教くれてきたりクソみたいなアドバイスをし始めるヤツがたまにいて、よくケンゴくんと「ここはクソだ、2度と出ない」みたいな話をしてた。いやークソだったね。いまも後悔してる。自分が真剣にやってることに対して、筋も通さず舐めたことを言ってくるやつとはきちんと戦わなくちゃいけないんだ。

ちなみに、下北沢GARAGEからは一回だってそんな話をされたことはない。最初から、ずっとバンドに向き合ってくれた数少ないライブハウスだ。

別にノルマがなかったわけじゃないし、褒められることなんてたまにしかなかったけど、当時の店長の出口さんが、ちゃんと自分たちを見てくれてるって思えたんだよな。いろんなことにチャレンジさせてくれたり、いろんなチャンスをくれたんだ。
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話は戻って、Billie Eilishねー、僕の初恋のトラウマをえぐるタイプの女性なんですよ。フォルムというか、雰囲気というか。
あと、元Crystal CastlesのAlice Glass(黒髪ショートの時)とかね。彼女たちを見ると、胃の中に40度くらいの鉛の玉がどんより沈んでいるような気持ちになる。トラウマとかいうと大げさなんだけどね。Femme fataleを思わずにはいられない。結局、自分の中で永遠になってしまう女性像みたいなものが、思春期に形成されたんだと思いますね。で、そこには永遠に手が届かないこと、それはすっかり失われてしまったもの、もしかしたら僕自身が勝手に作り上げた幻だったのかもしれないということを何年もかけて実感している。

僕ね、実はその初恋の人と結婚したんです(僕が16歳、彼女が17歳の時に付き合って、26歳?で結婚した。出会ったのは僕が13歳の頃。地元の中学の先輩ってやつ。さすがにこう、子供だなーってなりますね)。

はたから見たら「じゃあ夢かなったんだからいいじゃねーか」って話なんですけど(みんなから言われる)、ちょっと違う。
僕が恋をした14歳の少女と、僕が付き合った17歳の少女は間違いなく同一人物ではあるのですが、全くの別人のように僕には思えていた(若さとかそういうことではなくて)。

結局すれ違ったまま、きちんと意思の疎通もとれないまま、14歳の少女は自分の手の届かない所にいってしまった。他のところに“いる”ってなぜか思ってしまう。で、結局それが僕の表現のモチーフだったんですよね、To (melt into) / (Two) intoholy くらいまで。

取り返しのつかないことを、取り返しに行こうとして、その断絶を実感し続けるといった。

まったく何言ってるかわからないと思うんですけど、まあ、そんな感じです。だから、Billie Eilishを観てる時とか、いいなーとか素晴らしいなーとかかっこいいなーとか思いながら、変な気持ちになってる。

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自分のたくさんの部分を作った(こわすことも含めて)他人って、誰にでもいると思うんだけど、たまに思い出すくらいがちょうどいいね。

よい夜を。

小林祐介

紅い自由皇帝2019/04/11

4月11日

今日はチームでミーティング。マネジメントの体制・運営についてや、今後のスケジュールなどについて話した。
2013年10月に独立してから、基本的に自分たちで舵を切って、たくさんの仲間に支えられながらやってきているけれど、実は当初のマネージャーが卒業したり、マネジメントの形態が変わったりと、まぁ、いろいろある。
これは良くも悪くもだけど、僕は「この先自分の生活がどうなるか」とかそういったビジョンを持つのが苦手、というか危機感が麻痺しているのか、
「あのアイデア、どうしようかな。主題を入れ替えてみようかな」とか「あそこのパート、思い切ってカットだな」とか考えてアレコレしているうちに時間が過ぎてしまい、ふと気付いたら新たな締切との格闘に没入している。しかも、何年も。
良くも悪くもって言ったけど、うん、良くないね、これ。多分、見落としてることとか、結構あるんですよ。
世に言われるオンとかオフがあまりない。常に仕事をしているともいえるし、常に好きに遊んでいるともいえる。

いざ、腰を据えてこの先のこととかを考えて1ミリも不安なことがないのか、とか言われると、あるに決まってる。
飯を食っていけるかどうか、とかそういった次元じゃなく、この世の中でいつまで正気でいられるか、まともでいられるか、
地球っていつまで保つんだろうとか、自分の子供たちが大人になるころ、いったい日本はどうなっちゃってるんだろう。とか。。

そんなことをしばらく考えていたはずなのに、またいつの間にか「たまってる曲のアイデアや試せていないコンセプトの行き場をどうするか。試しにあれとこれをくっつけて…」

とか考え始めてしまった。うーん。
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昔から、勉強も遊びも限られたものにしか集中力を発揮することができない。
つまらないけど、こなさなくちゃいけないもの(夏休みの宿題とかね)は、いかに楽をして、いかにクオリティを下げないか、というゲームだと思い込むことによって、なんとかやり切れた。ノートいっぱいに漢字練習とかをするやつに関しては、黒のカーボン紙とかを挟んで、1P書くだけで2P分やったことにしたりしてた(あとで担任にバレてさらに倍書かされたけど)。
小学校低学年の時は“好きな漢字”を自由に練習していいって宿題もあって「蔵馬」とか「飛影」とか「鴉」とかを延々と書いてた。

遊びといえば、小6以降ゲームとかほとんどやってないけど、それまでもRPGとかは一回もクリアできたことがない(兄がプレイしてるのを横で見てるのはなぜか好きだった)。主に格闘ゲームとかシューティングゲームが好きだった。
いま改めて思ったんだけど、やはり自分の美意識みたいなものの源流には冨樫漫画と、(FFシリーズの)天野喜孝があるなと思った。子供ながらに、恐ろしさや、デカダンスなものも含めた美しさ、儚さ、艶っぽさみたいなものに惹かれていたんだと思う。

あとは、プラモデル(低学年時はガンダム、高学年時はエヴァンゲリオン)とかミニ四駆。これは大変ハマってました。
ハマってたんだけど、プラモデルに関してはある日突然一切の興味をなくした(先日、インタビューでも話したんだけど)。
友達の家に遊びにいった時、自分の家にあるプラモデルと全く同じものが飾ってあることに気付くんですね(それまでに何度も目に入ってたけど、ある日突然、ハッとした、というか)。
そりゃ、説明書通り作って、それで完成とするならそうなるに決まってるんだけど、ショックだったわけです。
それまで“自分で作った”、“自分が作った”とすら思い込んでいたエヴァンゲリオンは、“BANDAI”が作ったものだったんだ!うわー!!

ってなった(その後、プラモデルの世界にもいろいろあって、改造したり、オリジナリティあふれる作品があることも知るんだけど、なぜか興味が引かれることはなかったな)。

その点、ミニ四駆は自分で色々改造したりしながら、他人と速さを競ったりする遊びだったので、かなり夢中になったな。
最初に買ったミニ四駆は“リバティエンペラー”。超かっこいい名前だ。自由皇帝って。
赤のフェラーリと似た色感のスプレーを父に選んでもらって、自分で染めたんだ。パーツを買ってきて、コースに合わせて改造したり、レースに参加したり、楽しかった。結局ミニ四駆も何年かで卒業するんだけど、ちょうど部活が忙しくなったり、音楽に夢中になったりした時期だった。

結局、曲を作ることも、子供の頃の遊びの延長な気がするな。聴くほどに、作るほどに可能性を感じて、飽きる暇がない。
こんなに長く夢中になれるものに出会えるとは思わなかったけど、なぜかいま急にプラモデルとかを作りたくなってきた。
真っ赤なスポーツカーみたいなやつ。
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よい夜を。

小林祐介

2019.4.6@AKASAKA BLITZ / Photo by Atsuki Umeda2019/04/11

先日のツアーファイナル、カメラマンのAtsuki Umeda氏による撮影。
いつも素晴らしい写真を、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

よく忘れる2019/04/11

4月9日

これを書いているのは10日の24:39なんだけど(思い出してまとめて書けばいいやって思ってた)、早速9日に何があったとか何を食べたとか、思い出せない。とりあえず、体調が悪かったので家にはいたんだけど。これはなかなか深刻かもしれない(ちなみに、買い物を頼まれても、パーフェクトに物を揃えられた試しがほとんどない。余計なものを買ったり、1番の目的のものを買い忘れたり、変なものを買ったりしてしまう。メモすればいいじゃん、って話なんだけど、そもそもメモが間違ってる。あとは、メモ自体を置き忘れたり、メモしたことを忘れてたりする)。

あ、昼過ぎにウォーキング・デッドを観たな。もう何年も前からずっとみてる。ゾンビものの海外ドラマだ。
普段ゾンビ映画とかを観ないし、海外ドラマも全然観ない(いろいろオススメされるから観たいものはいくつかあるんだけどね。なかなか観る気にならない)。
そもそも、僕はそんなに沢山の本を読んだり、映画を観たりしない(他の人がどうなのか知らないから、量の話はなんとも言えないけど)。気に入ったものがあると、それにのめり込んで何度も読んだり観たりする。しばらくして、同じ作者の作品や、関連作品にゆっくり移行する。作品との出会い方は様々で、メンバーや友達からのおすすめもあれば、ネットや雑誌で知ったりもする。まあ、普通ですね。
ただ、「これは読まなければ(観なければ)」みたいな直感は結構あたる。たまたま開いたページのレビューとか、たまたまツイッター上で目に飛び込んできたセリフの引用元とか、一枚の写真とか、なんでもいいんだけど、偶然に思えるようなものがなぜか示唆的に、なんなら啓示のように思えて「これはきっと、観ろ(読め)ってことだな」なんて思い込んだりする。
歌詞を書く時にも、こういった“思い込み”が当てはまる。傘についた水滴がひとつにまとまって流れ落ちていく様子とか、娘が目を覚まして最初に話す言葉とか、冷蔵庫の残り物とか、家の鍵が見つからないときのポケットの中とか、それこそチャイニーズ・レストランとかね。「これ、歌詞にできるな」とか、そういった打算的な想いじゃなくて、うまくいえないんだけど「たぶん、これはあとになっても覚えてる」っていう風に思うんだ。とか言ってすっかり忘れてることも多いと思うけど。

話は変わって、僕の娘はいま4歳なんだけど、小さな頃からよく肩車をしてる。保育園はわりと近所だからよく肩車で通ったりしてたんだけど、最近はすっかり大きくなったから(クラスで一番大きい。なんなら上級生より大きい。)、だいぶ頻度は減った。でも、まだ「肩車してー」とか言ってくるので、そういうときはする。毎回「重くなったねー、大きくなったねー」なんて話すんだけど、本人曰く「高校生になっても肩車してもらう」らしい(いいんだけどさ)。
ふと「赤ちゃんの時も肩車いっぱいして○○だったねー」とか、昔の話をすると、娘はあんまり覚えてない。僕としては印象的だったこととか、思い出深いことも、当の本人はすっかり忘れてる。だから僕は「じゃあ、今日こうやって肩車しながら“高校生になっても肩車してー”なんてお話ししたことも、忘れちゃうねー」と言ったんだけど、「忘れないよー忘れるわけないじゃんー」と返してきた。なんだか切ない気持ちになった(そういえば、自分は親に抱っこされてた記憶とか、肩車されてた記憶があまりない。写真にはたくさん残ってるんだけど、記憶にないんだ)。

あの日、確か夕飯の材料を買いに行った帰りだったんだけど、何を買ったか全く覚えてない。

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4月10日

今日は1日息子と過ごした(あ、実は去年の夏に長男が生まれたんですよ。別に隠してないし、ラジオとかでは話してたんですけどね。4年前、娘が生まれた時に公表したことで、ナタリーの記事にまでなっちゃって、なんとなくおおごとに感じてしまったので、長男誕生!みたいにはしてませんでした。ちなみに、僕に顔似てるらしいです)。

熱を出してしまったので、家で二人。赤ちゃんとか、言葉や身振り手振りの意味が通じない相手と一緒にいると、普段自分がどんな風にコミュニケーションを取っているかを改めて意識する。
彼はなんでもかんでも、物珍しそうに、興味を持っている。初めて見るものばかりの世界だからね。僕がすっかり慣れきって、飽ききってるようなものをおもちゃにして、一人で遊んでたりする。

そういえば、今日は一日中雨だった。昨日、モッズコートをしまうために洗濯したんだけど、取り込むのを忘れてびしょびしょになってしまった(面倒臭くて実はまだ取り込んでない。雨に打たれっぱなし)。
このモッズコートはとても着やすいのでよく着ている。お金とかカードとかUSBメモリとか、鍵とか、文庫本とか、イヤフォンとか、のど飴とかが入ってるので、物忘れの多い自分としては、これを着て外出すればなんとかなる、といった便利グッズでもあります。制作期間中とかは、毎日いつのまにか気絶するように寝てたりしたのですが、この暖かいモッズコートのおかげで風邪もひかなかった。よく、おしゃれで「あえてパジャマを着てきた」みたいなやつありますけど、僕の場合は逆で、私服で寝てることがよくありますね。余裕でデニム履いて寝てたりする。とにかく僕は朝が弱いので、朝何かをすることがいちいち本当に苦痛なんです。でも、私服で寝ると起きてそのままでいられるからとても効率的なんです(誰からも理解されませんが)。

そういえば、本とか映画と一緒で、気にいると同じ服ばかり着たりする(同じものを何着か買ってたりもするし)。

たぶん、毎日の気分によってあれこれ変えたりセレクトしたりするのがそんなに好きじゃないのかもしれない。というのも、毎日、毎時間、自然と自分の気分や状態は変わっていくので、いろんなものが変わると落ち着かなくなるから。別の言い方をすると、最適化のセンスがない。必要としていない、とも言えるけど。うちのメンバーはみんなおしゃれだから、いろいろ知ってたりいろんな服着てたりして「ほおー」って感心しちゃうことがある。僕はもらいものとか、縁があった時にたまたま買ったりとかがほとんどなので、服のことはあまり詳しくない。ただ、自分が着たいものとか着たくないものはわかる。そのくらいのバランスで留めておかないと、毎朝何を着るかで何時間も悩んでしまいそうだから、ファッションに興味はあるけど深追い出来ない。デザインしたりするのは、不思議と好きなんだけどね。

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このあと早朝(4月11日(木)の午前4:00〜5:30)
JFN「Memories&Discoveries」の番組内にて、朝のプレイリストを選曲しました。

http://park.gsj.mobi/news/show/54663

なぜか早く起きてしまったり、眠れずに朝になってしまったら、なんとなく聴いてみてください。

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よい夜を

 

 

小林祐介

天使たち2019/04/08

4月8日

ほぼ年に一回くらいの更新になってしまっているこのブログ、今日からまたちゃんと再開しようと思います。

というのも、ここ最近 日々の何かしかを思い出すことがどんどんできなくなってきたからです。写真や、SNS、制作した曲のアイデアやデザインのスケッチ、そんなものを見たり聴いたりすると
「あぁ、あの日はこんなことあったなー」なんて思い出したりはするんですが。

とにかく、日々自分が何を思っているとか、そういったとりとめのないことも含めて、更新していけたらなと(次回の更新がまた1年後とかにならないように気をつける)。
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先日、4月6日の赤坂BLITZにて「ANGELS ONE MAN TOUR2019」が終了しました。
会場に足を運んでくれたお客さんをはじめ、関わってくれたスタッフ、各地ライブハウスに感謝。

8本回ったんだけど、もっとやりたかったな。『ANGELS』というアルバムを3月13日に出して、3月16日にはもうツアー初日の仙台だったから、あっという間に終わってしまった。

ただ、『ANGELS』のモードはしばらく続けていくつもりです。一表現として更新しながら、もっと深くこの作品のことをわかりたい。

いつもリリースツアーが終わる頃には自分の興味はすっかり次に行ってしまっているんだけど、今回は違うみたいだ。

そうそう、ハンドマイクを始めたりとか、バンド結成14年目にして今だに新鮮な気持ちを持てているので、楽しくやってます。
これは半ば個人的な主義みたいなものだったんだけど、あくまで自分は「ギター・ヴォーカル」であって「ヴォーカリスト」という意識ってほとんどなかったんですよね。歌うよりギター弾く方がずっと好きだったし。
じゃあなんで今回ギターを置いたのか、って言われると単純に「ANGELS」制作中にギターを弾かなかったから。“自分がギターを弾く前提で曲を作る”といった、お題というか、制約というか、そういったこれまでの慣例・慣習からいつのまにか解放されてたわけです。
音楽を作ることに、フラットに向き合えていたというか。
だから、ライブで演奏することに関しても、自然といつもよりフラットに考えていた。手持ち無沙汰になるからギターでも弾こうかな、とかちょっとは思ったけど、そういった「杖」とか「アリバイ」みたいな感じでギター弾くのもなんかなと思ったので、潔く“歌手”やってます。
まあ、今だけかもしれないし、この先どうなるかはよくわからないけど、しばらくは楽しみます。

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いま実は体調を崩していて( ツアーファイナルの日は帰宅後即ぶっ倒れてました。目の周り真っ赤なまま笑。身体作りからやりなおしだ。)、家でおとなしく寝てるんですが、
なんとなくこういう時って、読みかけの本だとかきちんと聴き込みたかった音楽なんかを集めてきて、ゆったりするいい機会だったりする。

2019年、ひっかかる新譜や新しい出会いがけっこう多くて楽しい。

日本のバンドだと、SPOOLのアルバムをツアー中によく聴いてたな。

ツイッターにも書いたけど、the brilliant greenとかMy Little Loverみたいな、切なげで冷たい情緒みたいなものが心地よい。シューゲイザー、ドリームポップ的な語り口で紹介されてるのをいくつか見たんだけど、そこにはいい意味であまり耳が行かないかな。
うまい言い方が見つからないんだけどシューゲイザー、ドリームポップってすぐ“それっぽい”感じになっちゃうし、なれちゃうから、きちんと別の魅力が並走してないとすぐ聴くのやめちゃうんですよ、僕。

彼女たちのことは BOYS AGE   のKAZくんがツイートしているので知ったんだけど、話を聞くとどうやらTHE NOVEMBERSのことも好きで聴いてくれていたらしく、嬉しかったな。
やっぱり、感性は共鳴するんだなと思った。
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先日、ライターの八木皓平さん(彼は「ANGELS」の論考を書いてくれましたhttp://mikiki.tokyo.jp/articles/-/21064)に教えてもらった「すべての道はV系へ通ず」を
藤谷 千明さんから頂きました(気になってたのですごく嬉しい、感謝)。
僕は文章を読むのがものすごく(想像してるよりずっと)遅いので、時間をかけて楽しもうと思います。

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ツアー中や取材の際にマネージャーと話していたんだけど、「ANGELS」に関するネット上の論考(僕はまだいくつかしか見れてないと思うんだけど)がすごく面白かったので、どなたかまとめてくれませんかね(まとめて読みたい)。
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まさにとりとめもなくいろいろ書いてしまいましたが、なるべく続けていくつもり。

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あまり接点のなかった音楽家の訃報。

音楽は、誰かがそれを聴く限り、想う限り、そこにあり続ける。残り続ける。

いつか自分にも来るであろうその日のことを、たまに考える。
最後に歌うであろう歌
最後に弾くであろう曲
それを聴いてくれるであろう人

いまは知る由もないけど、それは必ずあるんだ。
出来たら、最後までいい時間であってほしい。で「次会うときまで元気で」と言って別れる。

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よい夜を。

小林祐介

実る果実の2018/05/17

2018年5月16日、6th EP「TODAY」が無事に発売されました。

エンジニアのTriple Time Studio岩田さん
アートワークを描いてくれたtobird
帯のコピーを書いてくれたModern Age高野さん
アーティスト写真を担当してくれた梅田さん
そして、我々のパートナー、マグニフ・ホステスに
心からの感謝とリスペクトを。
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先日、夢にとある音楽家が出てきた。

場所は小汚い居酒屋。すごく賑わっている。
僕とその音楽家は端のほうの席で向かい合って座っている。

彼は、僕が小学生の頃に亡くなっている。
僕は不思議に思ったけれど「あぁ、よかった、生きてたんじゃん。」
と、目の前にいる人の存在を素直に受け入れていた。ちなみに、周りの客は誰もその人に気付いていない様子だった。

たくさんの話をした。好きな音楽や映画の話、僕自身のバンドのこと、どんな風にあなたを見てきたか、影響を受けてきたか。あなたがいなくなって、きっと世の中はいろんなことが変わってしまったと思う、今からでもいいから戻ってきてほしい、きっとみんなが喜ぶ。とかそんな話を笑いながら聞いてくれた。

ちょうど、下北沢440でGEZANのマヒトくんと弾き語りで共演する日の朝だったから、マヒトくんの話題があがった。

「小林くん、最近面白いやつみつけたんだよ。めちゃくちゃ赤いやつなんだけどさ。もう、全身真っ赤なんだよ。」

『え?その人、僕友達かもしれないです。マヒトくんですか。GEZANの』

「あー、そいつかも。赤いよねー」

『彼は赤いですねー。今日ソロで共演なんですよ。下北で』

「そうなの?見に行こうかな、今日も赤いのかなー?」

『ああ、赤いですねー』
なんて話をしながら、だいぶ時間が流れたあと、彼は少しかしこまった様子で話し始めた

「いやー、死んじゃってごめんねぇ」

『(やっぱり…)ですよね、死んでますよね?』

「そうなんだよねぇ」

『そうかー、残念です。でも会えて嬉しかったです。』

「俺、生きてたら絶対ノーベンバーズ応援してたと思うよ。ま、頑張ってよ。」

僕はなんだか気持ちが溢れてしまい、伝えたかった感謝や想いを矢継ぎ早に話しながら号泣しているという混沌とした状況だった(パッと消えちゃうかも!という焦りもあった)。
彼は穏やかな顔でうんうんと話を聞いてくれていたけれど、さすがに少し頭を冷やそうとトイレへ行った(何故か、よく行くドトールのトイレの内装だった)。

席へ戻ると彼はおらず、会計も済まされていた。店内は何故か小洒落たバーのような雰囲気にガラリと変わっていた。

僕が呆然としながら「このことメンバーに話したらなんて言うかな」など思いを巡らせていると、宅急便が鳴らすチャイムの音で唐突に夢から覚めた。

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と、ざっくり言うとこんな感じの夢を見た。文字だけで見ると少ししんみりしてしまうんだけど、とても陽気で楽しげな雰囲気だった。

僕は特別霊感があったり、第六感のようなものが冴えている人間ではないので、夢の内容を何かの啓示かのように受け取ったりはしないけれど、すごくリアリティがある夢だった。服装とか、声のトーンとかも、ありありと思い出せる(きっとどこかのビデオか何かで見た情報だったりするんだろうけど)。

その日のソロでは、彼の一番好きな曲をカバーした。
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明日から、ツアーが始まる。

すごくいいツアーになると思う。そう決めているから。

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春に会いましょう。

 

 
小林祐介

みんな急いでいる2018/04/27

指折り数え朝を迎え
あたらしくなれたの 本当に
こわれたままのピアノも
倒れたままの花瓶も
汚れたままの写真も
ただ取り留めなく横たわる
なつかしい匂いに包まれて
ついさっき見た花が何色だったかも
覚えていられないくらい
みんな急いでいる

指折り数え朝を迎え
古い見慣れた身体を抱え
此処じゃない場所にきっと
綺麗に咲いてるはずと
脇目もふらず歩いていく
見よう見まねで息を切らし
あたたかい日差しを浴びながら
ついさっき摘んだ花を渡す愛しい人も
思い出せないくらい
どこかへ急いでいる

行き交うたくさんのひとたちが
嬉しい
楽しい
悲しい

こんなに高いところにいるのに
あなただけが
見つけられない

なつかしい匂いに包まれて
ついさっき見た花が何色だったかも
あたたかい日差しを浴びながら
ついさっき摘んだ花を渡す愛しい人も
思い出せないくらい
みんな急いでいる

Experimental experience #22017/12/06

来年、自分プロデュースの自主企画、「Experimental experience」を開催します。

ゲストアクトにはCINRAの対談で邂逅したENDON、そしてその対談のきっかけとなったBorisからAtsuo氏を招きました。さらに我々を含む全アクトに対してVJ rokapenisがコラボレーション!
これはYAVAI。

今回、チケットの10代割引というものを実施します。
自分が10代の頃、大学の芸術学部にいながら金がなさすぎて様々なヤバイギグを諦めてきたことを思うと、悔しい気持ちになる。絶対体感しにきて欲しい。ヤバイから。

小林祐介

 

18/1/21(Sun) 新代田FEVER

「Experimental experience #2 」

w/ ENDON / Atsuo -Solo Set-(From Boris)
VJ rokapenis

〈OPEN / START〉18:00 / 18:30
¥4,000 +1DRINK
10代割引あり※当日受付にて身分証提示で10代以下は¥1000キャッシュバック

Ticket

【Reserve】
一般発売:12/9(Sat) 10:00〜
Ticket Pia / P-code:103-071
Lawson Ticket / L-code:74164
e+
FEVER店頭販売(18:00〜)

info:新代田FEVER:☎03-6304-7899

 

 

Atsuo_Web
Atsuo -Solo Set- (From Boris)
<biography>

ミュージシャン。92年にBorisを結成、文字通りワールドワイドで膨大な数の作品を発表しながら、世界規模のツアーをはじめとするライヴ活動を毎年実施。

Borisでの活動以外にレコーディング・エンジニア/プロデューサー、デザイナー、映像ディレクターとして様々なアーティストと作品を発信している

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ENDON_2017_KM3ENDON

<biography>

2006 年: エクストリーム・ミュージックの決定的な更新を目論み結成。
2007 年: 現行の体制となる。イベント”TOKYODIONYSOS”を立ち上げ、以降定期的に開催。 2011 年: ミニ・アルバム『ACME APATHY AMOK』をリリース。
2013 年: ヨーロッパ・ツアー敢行。スイス:ローザンヌで開催されたフェス『LUFF』で Jello Biafra、 FOETUS、THE HAXAN CLOAK、EMPTYSET らと共演。
2014 年: Daymare Recordings より初のフル・アルバム『MAMA』をリリース、プロデュースは Atsuo(Boris) が担当。同音源の再構築/リミックス EP シリーズ『BODIES』にはリミキサーとして、Justin K.Broadrick(GODFLESH/JESU/JK FLESH 他)、VATICAN SHADOW、NARASAKI(COALTAR OF THE DEEPERS/特撮)、 石原洋(WHITE HEAVEN/THE STARS)、GOTH-TRAD、MERZBOW が名を連ねている。
2015 年: 3 月にドイツ:レバークーゼンで開催されたフェス“Multiple Tap”から公式招待を受け参加。 春以降夏にかけて日本国内でツアー: with FULL OF HELL (from US/3 月)、with Boris (5 月)、with GODFLESH (from UK)。9 月に東京でのフェス leave them all behind 2015 の 2 日目ヘッドライナーとし て出演。日本以外のアルバム・リリースを Hydra Head Records(US)が手掛けることが決定、秋に『MAMA』 のアナログ盤を全世界でリリース。
2016 年: 2 月に SUMAC (from US)との共演を含む US 西海岸ツアーを敢行。春以降は日本国内でのライヴ と並行して新作の準備に取り掛かる。11 月に再び渡米し、2nd アルバムのレコーディングを開始。制作 作業を Kurt Ballou(CONVERGE)に一任、彼が地元マサチューセッツ州セイラムで運営するスタジオ Godcity にて全ての録音とミックスを行った。トラックダウン終了直後に東海岸でのショート・ツアー を行い、MUTOID MAN との共演でソールドアウトを記録したブルックリンの Saint Vitus でのショウは全 編ビデオ収録された。https://youtu.be/v1BZFgN9PBA
2017 年: 元旦に 2nd アルバム『THROUGH THE MIRROR』の 3 月 8 日リリースを発表。東名阪でのライヴを 皮切りに、欧米及びアジア圏でのツアーを計画している。

最近あなたの暮らしはどう2017/10/05

この曲を作った時のことは、よく覚えている。

THE NOVEMBERSを結成した19歳の頃、季節は多分夏になる前。

早朝、大学の音楽サークルの部室に忍び込み、父のおさがりのYAMAHAのギターをマーシャルのアンプに繋いで、なんとなく音を出していた。当時はコードの名前なんて全く知らなかったけど、Cのキーで、イントロのアルペジオを弾いていた。

そこで、ぱっと「最近あなたの暮らしはどう」という言葉とメロディが口から出てきた。特に何かを表現したいとか、思いをぶつけたいとか、そういう意図は全くなく、ただ口からメロディと言葉が一緒に出て来た。曲の原型は5分くらいで出来ていたと思う。

こういうまぐれだかなんだかよくわからないまま、あっという間に曲が出来ることは今もたまにあるけれど、この時はなんだか特別だった。曲を作ろうとすら思っていなかったから。
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今すぐここで歳をとるのをやめたいと歌っていた自分はあっけなく歳をとり、同じ歌を歌っている。
昔の歌詞は、今の自分への手紙のように思えるものが沢山ある。特にこの曲はそうだった。
「最近あなたの暮らしはどう」という言葉とメロディは、どこからきたのだろうか。
もしかしたら、あったかもしれない別の未来や過去からの伝言なのかもしれない。それがたまたま19歳の僕の口から出て来た。いまの自分の暮らしはどうなんだろう。

明日からツアーだ。新しい船出。

小林祐介

今日の分の太陽2017/09/13

本日、無事に「Before Today」が発売されました。(デラックス版は10/14です、お待たせしてすみません)

 

THENOVEMBERS_BeforeToday_Jacket

demo-1の頃から、ずっとtobirdが僕たちの作品のアートワークを担当してくれている。

今回の「Before Today」のアートワークは、そんな彼にしか描くことが出来ないものだ。

これまでを、全部連れて、一緒に未来へ向かっていく。新しい船出。

 

そんな tobird、

デビューから今に至るまで、すべての作品を一緒に作ってくれたレコーディングエンジニアの岩田さん、

そして

10年前、無知で、未熟で、荒削りで、無礼で、本当にめちゃくちゃだった自分たちから美しさ見出し、信じて、世に放ってくれた、UK Project袴田さんに、

心からの感謝とリスペクトを。

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デラックス版の文庫本に収録されているセルフライナーノーツ(的な回想録)、僕の分だけここに載せます。

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THE NOVEMBERS

UKPからのデビューEP。久しぶりにこの作品の歌詞を眺めていて、『僕』という単語の多さに驚いた。とにかく、自分。自分を見て欲しい。君やあなたという言葉が出てきても、それで自分のことを書いている。漢字の『君』とカタカナの『キミ』などは恐らく意味が違っていて使い分けていたのだと思うんだけど、よく思い出せない。でも、これはあのことを歌っているんだな、とかそういうことはわかる。デビューの時点で、既にpicnicあたりまでの曲はいくつも出来上がっていたけど、なぜこの選曲になったのかよく覚えていない(と思ったら高松がそれを書いていた。確かにそんなことを言ったような気もする)。ただ、デビューの話が来た時、高松に最初に電話したことを覚えている。

作るものにはその人の人間性が全て出ている(望もうが望むまいが)。その人がどんなことを考え、どんなものに価値を置き、どんなものを大切にし、どんなものを軽蔑し、嫌悪しているかが、出ている。

17歳から22歳くらいの僕は、基本的に苛立っており、とにかく友達じゃない男性なら全て憎んでいたような気がする。特に歳上。(女性は苦手で、あまり会話をしたりすることもできなかった。男子校育ちの悪影響。男尊女卑と逆の差別)。映画でも日常でも、歳上の男は大事なものを自分から奪っていくクソ野郎だと本気で思っていた。タバコの煙が嫌いで、ハードコアが嫌いで、洒落た服屋の店員が嫌いで、街中でコーヒーを持ち歩く連中が嫌いで、性欲を抑えられない連中を激しく憎んでいた。そしてそういう自分を正しと思っていた。信じていたと言うよりは、疑わなかった。あと、日々自分から純粋さや素直さ、無垢さが失われていく(となぜか感じていた)ことへの恐怖や焦りがあった。

こんな風に文字にして、客観的に見てだいぶ酷いなと思うけれど、そういった鬱屈した思いのようなものが物作りの原動力だったのかもしれない。本や映画は自分を慰めたり、奮い立たせたりするけれど、曲を書くということの価値はもっと、ずっと高かった。『こんなにクソな出来事ばかりの世の中を、自分は美しいものを作って浄化している』くらいに思っていたように思う。多分、半径60cmくらいで生きていたのでしょう。

本当に荒削りで、無知で、未熟で、無茶苦茶だったけれど、そんな自分たちに美しさを見出してくれたUK Project袴田さんがいなかったら、いまの我々はいない。
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picnic

多くの人のTHE NOVEMBERSの印象は、恐らくこの作品によるものが大きいと思う(第一印象は、それだけで強いものだけど)。この作品には、根拠のない自信がある。そして自信は根拠が無いものほど強い。反例や例外に左右されないから。つまりそれは客観性を欠いた、というよりは客観という視点が存在しないことを意味する。

歌詞に関しては、相変わらず『僕』がたくさん出てくる。前作も含めて、恋の歌が多いのかもしれない。『You and me』というと聞こえはいいけれど、同じ相手への愛憎が入り乱れている。「picnic」の冒頭の歌詞で、男性性への嫌悪や差別的な目線(男=レイプ犯)があからさまだけれど、恐らくこの曲がきっかけで、前を向くことや、より良くなっていくということを意識し始めたんじゃないかと思う。男性性について『憎むようなことじゃないのかもしれない』という当たり前なことも、自分で気づかない限りは永遠にそのままなんだと思う。半径80cmくらいで生き始め。

ちなみに小学生の頃、でかいコンクリートのブロックに左手の小指を挟まれ、それ以来少し動きがぎこちなくなってしまった。確か、工事現場に積んであったブロックの『かまし』の木材をとろうとして、挟んだんだった。ものすごく痛かった。

作品タイトルは、岩井俊二監督の映画 『PiCNiC』から。

塀の上、塀の上…

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paraphilia

すごく好きな作品。ある意味、自分のコアのようなものが結晶したような、澄んだ作品だと思う。テーマを明確に持ち、自分がイメージしたものを、高い純度で作り上げるということが初めてできた。ルシール・アリロヴィックの『エコール』という映画を少しモチーフにしたような気がする。『僕』の意味も変わり始め、『二人だけ』を描くようになった気がする。当時の僕の『何も知らない無垢な少女を、一生世界から隠し続け、自分だけが彼女をただ眺め続けたい。』という欲望がダイレクトに出ている(そして、それに疑問を抱き始めている様子も歌詞に出てますね)。「THE NOVEMBERS」と「picnic」を出して、たくさん取材などを受けるようになっていましたが、自分の話を人がうんうんと聞いてくれることに興奮し(向こうはそれが仕事だということをすっかり忘れ)なりふり構わずはなしまくった挙句、その記事に幻滅し、辟易し、『あいつらは何もわかっちゃいねぇ!』みたいなことをよく愚痴っていた気がする。このあたりから、作品にしろ、言葉にしろ、世の中に何かを残したり、誰かに影響を与えることに関して自覚的になっていく。ほんの少し客観性を帯びたため、自信に対して『根拠』が必要になっていく。

しかし、初期の曲って本当に曲構成が難しい。なんでこうなったんだろう、と思う。

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Misstopia

とにかく前作の反動で、ひたすらテーマを持たずに曲をたくさん書いた。「Misstopia」はメンバーとセッションで作った。この曲は、あっという間にアイデアが生まれ、あっという間に傑作の予感がし、あっという間に完成、はせず、紆余曲折を経て現在の形になった。このアルバムは、特に曲構成が複雑な気がする。すごいことをしたい、周りと違うものを作りたいという気合いを感じる。『二人だけ』だった前作から、『二人とそれ以外の世界』というモチーフに変わっていく(merがその入口だったと思う)。この時、歌い方を変えようとしていた。言葉をよりストレートに伝えたい、力強く歌いたいというポジティブなモチベーションがあったが、それもあってか、レコーディング中に喉の調子を悪くしてしまい、締め切りとの戦いになった記憶がある。駆け込むように録音を終えた。やはり、自然に歌うのがいいんだと思う(いまだに模索中だけど)。なんとなくこの作品は「Hallelujah」に近いものがある。というか曲の方の「Hallelujah」の原型がこの頃にはあって、一度だけライブで演奏したりもした。でも、納得のいくものにならずに一旦保留にした。

あの頃どれだけ頑張ってもできなかったことが、今ならできる。逆に、あの頃なんでもなく出来たことが、今はどれだけ頑張っても出来ない。とにかく、今は今しかないんだなーということが「Misstopia」と「Hallelujah」の関係にはあるんじゃないかな。

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To(melt into)

この頃、不眠が始まる。いつも、何かやり残している気がしていたし、今日できることはなるべく今日のうちに…と思っているうちに深夜になり、朝日を迎えて『あぁ、明日がきた』と安堵し、いつのまにか気絶するように眠るも、すぐ目が覚めてしまう。作りかけのアイデアや、書きかけの歌詞などを、今のうちになるべく形に残す活動に夢中だった。『死んで、作りかけのものとかスケッチみたいなものを公開されたら死んでも死に切れない』と、近いうちに死ぬことを前提にものを考え始める(可能性は意識してもいいけど、前提にしてしまっていたのはダメだった)。

デビュー作から現在に至るまで、THE NOVEMBERSのすべての作品のレコーディングエンジニア、岩田純也氏との化学反応というかコンビネーションのようなものが、さらに高まったのがこの作品。自分の中のこだわりや、意思のようなものをしっかり持ち、それを仲間になるべく正しい形で伝えることに、自覚的になった。「holy」という曲は、1stのころからあった。ただ、ルサンチマンの塊のようになってしまった曲をどうしても収録したいと思えず保留にしていたけれど、歌詞やアレンジを変えて収録した。『僕』についての「holy」から『あなた』についての「holy」になった。この作品は、自分にとって最初のターニングポイントだった。あらゆることに『本当にそうか?』という疑問を持ち始め、新たに『信じるもの』を選び直すような気持ちで生活していた。その結果『ツーと言えばカー』的なお約束ごとが自分の中で通用しなくなり、コミュニケーションが取りづらくなる。歌詞に『社会』や『常識』のようなものが出始める。
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(Two)into holy

「To(melt into)」と同時発売の1stシングル。もともとは一枚のアルバムを作っていたけれど、曲を作っていく中で、対になるような作品を作り同時に発売したいと思うようになる。二枚の対比をもってして、テーマ性をより浮き上がらせたい、という。彼岸と此岸のような。「再生の朝」は、演奏するたびに音楽が持つ生命力のようなものを感じる。そういえば、この二作品の時期に取材でのインタビュー返しをするようになった。『あなたはどう思ったんですか?』という点が僕にとっては重要だった。タイトルの( )の意味についてなど色々聞かれた記憶がある。

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GIFT

テーマは『試み』『実験』。ライブ録音を基盤に、様々な実験を繰り返した。叫びや、ラウドさ(と形容されるような要素)をあえて排除した作品。不眠真っ只中にもかかわらず、心身の健康に価値を置く、ということに自覚的になる。そしてそれはとてもシリアス(真剣)なことなのだと知る。ポジティブなもの、前向きなものに目を向けると同時に、無闇な綺麗事を排除しようとしていた気がする。「GIFT」という曲は、ケンゴくんが弾いていたフレーズが元になり、作った。「(Two)into holy」の後の物語として、『二人』の旅は一旦終わりを告げる。

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Fourth Wall

完全に前作の反動。そしてこれまでのような形の一人称、二人称が出てこなくなる。遍在についての作品。作品のテーマ性をモノとして具現化するにあたり、鏡のように反射する素材でパッケージを作った。初の紙ジャケじゃないかな。「dogma」は、高松があの雰囲気のフレーズをなんとなく弾いているのを聴いて閃くものがあり、あっという間に曲になった(このパターンが結構ある)。「children」に出てくる『スケートリンクで少年が踊る』の少年は、羽生結弦くんです。リリースツアーのファイナルを、恵比寿ガーデンホールで行う。映像を含めた演出も本格的に取り入れ始めた。この時期を境に、自分達なりの黒い耽美さのようなものを(初期4AD的な)表現できるようになった気がする。

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zeitgeist

二度目のターニングポイント。downyの青木ロビン氏に三曲プロデュースしてもらった作品(プロデューサーを迎えたのはこれが初)。このころは自分がバンドに限界を感じていた。自分のやり方も良くなかったはずだけれど、いくらメンバーとセッションしても良いと思えるものになかなかたどり着かず、焦っていた。かねてから連絡を取り合っていたロビンさんに理由を話し、やってみようということになった。実は「zeitgeist」という曲はほとんどロビンさんの曲で、彼のデモを元に曲を共作したような形だ。この作品には、様々なモチーフがある。ディストピア作品多数。問いかけ、未来、いつか出会う子供、が歌詞に現れる。この作品をレコーディングし終えた後、UK Projectから独立しMERZというチームで活動をし始めた。自分達なりにリリースの仕方を考え、手探りながら発売までこぎつけた。この時期から新しい仲間が増えていく。そしてなにより、独立をきっかけに再びメンバーの結束が固くなった(と同時につまらないケンカも増える)。

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今日も生きたね

ちょうどこの時期、僕に子供ができた。だから、この曲の仮タイトルは『kaede』だった。毎日毎日お腹の中で大きくなっていく赤ん坊に語りかけていた言葉がそのまま曲のタイトルになった。「To(melt into)」以降、今日死ぬかもしれないと思いながら生きていたので、自然と歌詞が遺書のようなものになっていった。ある意味、その当時の自分の集大成のような曲だと思う。

この頃、高野修平氏(トライバルメディアハウス/Modern Age)をチームに迎え、自分の音楽と世の中との関わり方に、より意識的になった。

アンセムを作るというテーマのもとに作られたこの作品を、ただ漠然と風呂敷を広げ世の中に広めるのではなく、人から人に、自分から相手へ、心から心へ繋がっていくようなものに出来ないかという話になり、高野さんが考案&命名したのが『シェアCD』。本当に素晴らしいアイデアだと思う(同じ内容のCDが二枚入っており、それを誰かにプレゼントできる仕様)。ここ最近、シェアCDがきっかけで付き合ったとか、結婚したとか、もう子供までいる、とかいう嬉しい後日談が届く。とても嬉しい。我が家の楓はもう3歳になります。今日生きることは当たり前じゃないと、本当に思う。

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Rhapsody in beauty

美しければなんでもいい。美しくないなら意味ない。というテーマのもとに作った。わざわざ言うまでもないテーマだったけれど、これが大事だった。なんだかんだで縛られていた架空の道徳や常識、慣例慣習や、無意識のうちにあった柵のようなものから脱却した作品。ライブでの定番曲なども多く収録されている。実はこの作品も「Misstopia」と関係している。あの当時の自分が、別の未来へ向かっていたら、という仮説の中で曲を書いていった。「Misstopia」の後に、あったかもしれない作品。いつのまにか捨ててしまっていたものや、こぼれ落ちてしまったものを、再生させる。そんなイメージ。最初の頃に書いた『自信と根拠』の話をするならば、この当時の僕は『根拠』や『理由』に雁字搦めになっていた。美しいものに、いちいち根拠や理由を補完しなければいけないような思い込みを抱えていた、とも言えます。『そうだ、自分は根拠や理由のために音楽をやっているわけではない。美しさのためだ。むしろそれ以外はない。マジかー、忘れてたわー』という。

Modern Age高野さんは、僕との会話の中で『パラレルワールド』というキーワードを拾い上げ、怒涛のプロモーション施策をデザインしてくれた。

ちなみに「僕らは何だったんだろう」も仮タイトルは『kaede』だった。

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Elegance

土屋昌巳氏をプロデューサーに迎え制作した作品。本当に端正で、気品があって、美しい。ちょっとしたことで姿や景色を変える音楽の不思議さ、神秘のような魅力を、昌己さんとの時間で体験した。一人の音楽家として、男としても、僕は多大な影響を受けた。正直な話、世の中が変わるとすら思ったし、いろんな人が驚くと思った。こんな綺麗なものを作ったんだから。と。しかし、そんな風に派手な、わかりやすい変化はなかった。浮かれていた僕は『え、こんなに美しいのに?嘘だろ』という安易な落胆を覚えてしまった。もしかしたら、自分の信じている美しいものに対して、世の中は大した関心もなく、そもそも美しいものなんてどうでもいいのかもしれないといった話にまで肥大した落胆を抱えたまま、しばらく時間を過ごすことになる。『根拠のない自信』は自覚的には持てず、かといって『自信のための理由や根拠』を必死にこしらえるのも滑稽だ。つまりは『意思』だなと、かなり後になってわかった。俺が決めることだ、と。

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Hallelujah

傑作を作ろうとして、傑作を作った。あの時のTHE NOVEMBERSのすべて。自分達のやり方で、自分達で決めたいい未来へ行く。行きたいでなく、行く。そんなことを少しずつ信じ直していった。リハビリと言ったら変かもしれないけれど、音楽を作ることで、僕は力を取り戻していった。いつかの自分達にとっての『いい未来』に、今自分達はいると信じている。

ただ、これはあくまでも通過点で、これからTHE NOVEMBERSはもっと良くなってく。あなたも、きっと良くなっていく。

また、いい未来で会いましょう。

 

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来月からいよいよ、ツアーが始まる。10月がきて、また11月がくる。

 

 
小林祐介

美しい日に2016/12/11

https://camp-fire.jp/projects/view/12463

おかげさまで「THE NOVEMBERS、11周年の11月11日のコースト公演を美しい映像で残す。」のクラウドファンディングが目標金額を大きく上回り、終了しました。
THE NOVEMBERSの活動や、あなた自身の楽しみ、それぞれの未来に価値を見出し、投資をしてくれたことを誇らしく、とても嬉しく思っています。
_________________

自分たちは昔から、こうやって沢山の人から貴重な対価(時間でも、お金でも、なんでも)を頂き、それに見合った、むしろそれ以上の美しいものを差し出すことを目標にやってきましたが、今回のプロジェクトによって、その想いはより強くハッキリしたものになりました。

我々もあなたも、お人好しのボランティアじゃない。だからこそ、美しいものやその対価のあり様を認め、信じることに意味と価値がある。

自分自身の為にしたことが、他の誰かの為にもなるということです。美しい。
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引き続き仲間と力を合わせて、いいものを作ります。

また、よい未来で会いましょう。
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追伸。映像作品のタイトルは「美しい日」にします。

小林祐介

持ってるやつ2016/10/11

たぶん、本人はベロンベロンだったから覚えてないと思うけど、9.11「首」の打ち上げの中の会話で、一瞬だけ真面目な顔になって言ってくれた言葉をハッキリ覚えてる

「小林君さ、持ってるやつとそうでないやつなんて、すぐわかるんだよ。だからさ、小林君はさ、ノーベンバーズはさ、持ってるんだからさ。…自信持ってやんなよ。」

言い終わった直後、またベロンベロンの悪い顔をしていた。帰りは、タクシーが迫ってくる道路に悠然と寝転がっていた。

「俺もユウスケって言うんだよ」

小林

「THE NOVEMBERS、11周年の11月11日のコースト公演を美しい映像で残す」2016/10/11

この度、僕たちは「THE NOVEMBERS、11周年の11月11日のコースト公演を美しい映像で残す」ことを目的にクラウドファンディングを始めます。

特別な日を記録した、記念碑のような作品を作りたい。美しい夜を、美しく記録し、美しい映像作品にしたい。その為に、様々なプロの力を結集したいと考えています。

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僕たちはいまツアー中で、深夜の移動中にこの文章を書いています。今回のツアーは、すごくいい。これまでとは、全く違う。「Hallelujah」という作品を作れたことで、自分たちのこれまでの全てが集約されたようなギグを、毎晩している。同時に、未来への新たな可能性、THE NOVEMBERSのこれからを感じられるようなギグにもなっている。そんなツアーも、来る11月11日新木場スタジオコーストで終了する。そして、後にも先にも今回の11月11日は特別な日になる。この日を境に僕たちの未来は変わる。

いま、僕は間違いなく、自分達の未来を信じている。これは妄想や、願望じゃない。僕らの意志であり、行為であり、希望だ。

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話を戻そう。

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クラウドファンディング。

僕たちとあなた、お互いの想いや行動によって、共に未来を形作ることができます。

特別な日を記録した、記念碑のような作品を作りたい。美しい夜を、美しく記録し、美しい映像作品にしたい。

あなたが、あなた自身の楽しみの為に、僕らの未来に投資してくれたら嬉しいです。

いま、僕は間違いなく、未来を信じている。

お互い、いい未来で、会いましょう。

僕らはこれからなんだから。

小林祐介

Hallelujah2016/10/01