Femme fatale2019/04/15

4月12日

久々のリハーサル。体調は少し良くなったけれど、声の調子が戻らず。
メンバーと話す時間が多かったな。表現の強度を高めるために、各々スキルを磨く必要がある。

入れ違いでdownyのロビンさんとばったり会う。

7月9日Shibuya WWW Xにて行われる downy × THE NOVEMBERSの共同企画
“情けの首”

チケットの残り枚数も少なくなってるようなので、ご購入はお早めに。

4月13日

ファミリー向けの小さなフリマに行った。住宅展示場内でやっていたので、ついでにモデルルームをいくつか見学することに。自分も「こんな家が欲しいなー」とか思ったりするんだろうか、と若干気後れしていたんだけど、楽しかった。
でも「こんな家が欲しいなー」とはなぜか思わなかったな。
もちろん、広くて素敵なモデルルームだったし、住んだら楽しそうだなとか、便利そうだなとは思ったんだけど。

なので、自分はどんな家が欲しいかを、いま5分くらい考えてみました。
極端に言うと、ハウルの動く城みたいなやつなんだよね。でかくて移動できるやつ。あとは、ホテル暮らしみたいなものは便利そうだなって思う。多分僕は、家を買って、その土地にい続けなきゃいけない(もちろん、家は売ったり貸したり、そこに住まないって選択肢はあるんだけどさ)っていう状態・気分・ムードみたいなものが嫌なのかもしれない。かといって旅に出ていろんな場所にいきたいとか、そういうわけじゃないんだけど。

うーん何なんでしょうね。よくわからない。

4月14日

コーチェラの配信などを観た。いろいろよかったけど
Billie Eilishがすごくよかったな。友人が現地で観ていたらしいんだけど、シンプルな演出や客のテンション含め最高だったらしい。

4月15日

すっかり暖かくなった。リハーサル。ゆったり歌い始め。だいぶ調子も戻ってきた気がする。
19日のセットリストを通した(これは敢えて伝えておきますが、先日の赤坂BLITZと同じです)。
赤坂BLITZと下北沢GARAGEの対比をお楽しみに。

ANGELSツアー、東京以外は200-250人キャパくらいの会場(大阪と名古屋のクアトロは500-700人キャパくらいだったかな)で密室感、臨場感バリバリでやってきたので、せっかくだから東京の人にも楽しんでもらえたらなと思っていた。そんな時に、ちょうど下北沢GARAGEから25周年記念公演のオファーがきたんだ。すぐ、やろうぜって話になった。

ちなみに、チケットは発売して即完売だったんだけど、思えば我々もチケットノルマたるものを払ってライブをしていた時期があったな。毎回こっちがお金を払って、ライブしてたんだ。結成当時とかね。
ただでさえ金がなくて死にそうだったのに、ノルマを払ってグダグダ説教くれてきたりクソみたいなアドバイスをし始めるヤツがたまにいて、よくケンゴくんと「ここはクソだ、2度と出ない」みたいな話をしてた。いやークソだったね。いまも後悔してる。自分が真剣にやってることに対して、筋も通さず舐めたことを言ってくるやつとはきちんと戦わなくちゃいけないんだ。

ちなみに、下北沢GARAGEからは一回だってそんな話をされたことはない。最初から、ずっとバンドに向き合ってくれた数少ないライブハウスだ。

別にノルマがなかったわけじゃないし、褒められることなんてたまにしかなかったけど、当時の店長の出口さんが、ちゃんと自分たちを見てくれてるって思えたんだよな。いろんなことにチャレンジさせてくれたり、いろんなチャンスをくれたんだ。
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話は戻って、Billie Eilishねー、僕の初恋のトラウマをえぐるタイプの女性なんですよ。フォルムというか、雰囲気というか。
あと、元Crystal CastlesのAlice Glass(黒髪ショートの時)とかね。彼女たちを見ると、胃の中に40度くらいの鉛の玉がどんより沈んでいるような気持ちになる。トラウマとかいうと大げさなんだけどね。Femme fataleを思わずにはいられない。結局、自分の中で永遠になってしまう女性像みたいなものが、思春期に形成されたんだと思いますね。で、そこには永遠に手が届かないこと、それはすっかり失われてしまったもの、もしかしたら僕自身が勝手に作り上げた幻だったのかもしれないということを何年もかけて実感している。

僕ね、実はその初恋の人と結婚したんです(僕が16歳、彼女が17歳の時に付き合って、26歳?で結婚した。出会ったのは僕が13歳の頃。地元の中学の先輩ってやつ。さすがにこう、子供だなーってなりますね)。

はたから見たら「じゃあ夢かなったんだからいいじゃねーか」って話なんですけど(みんなから言われる)、ちょっと違う。
僕が恋をした14歳の少女と、僕が付き合った17歳の少女は間違いなく同一人物ではあるのですが、全くの別人のように僕には思えていた(若さとかそういうことではなくて)。

結局すれ違ったまま、きちんと意思の疎通もとれないまま、14歳の少女は自分の手の届かない所にいってしまった。他のところに“いる”ってなぜか思ってしまう。で、結局それが僕の表現のモチーフだったんですよね、To (melt into) / (Two) intoholy くらいまで。

取り返しのつかないことを、取り返しに行こうとして、その断絶を実感し続けるといった。

まったく何言ってるかわからないと思うんですけど、まあ、そんな感じです。だから、Billie Eilishを観てる時とか、いいなーとか素晴らしいなーとかかっこいいなーとか思いながら、変な気持ちになってる。

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自分のたくさんの部分を作った(こわすことも含めて)他人って、誰にでもいると思うんだけど、たまに思い出すくらいがちょうどいいね。

よい夜を。

小林祐介