今日の分の太陽2017/09/13

本日、無事に「Before Today」が発売されました。(デラックス版は10/14です、お待たせしてすみません)

 

THENOVEMBERS_BeforeToday_Jacket

demo-1の頃から、ずっとtobirdが僕たちの作品のアートワークを担当してくれている。

今回の「Before Today」のアートワークは、そんな彼にしか描くことが出来ないものだ。

これまでを、全部連れて、一緒に未来へ向かっていく。新しい船出。

 

そんな tobird、

デビューから今に至るまで、すべての作品を一緒に作ってくれたレコーディングエンジニアの岩田さん、

そして

10年前、無知で、未熟で、荒削りで、無礼で、本当にめちゃくちゃだった自分たちから美しさ見出し、信じて、世に放ってくれた、UK Project袴田さんに、

心からの感謝とリスペクトを。

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デラックス版の文庫本に収録されているセルフライナーノーツ(的な回想録)、僕の分だけここに載せます。

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THE NOVEMBERS

UKPからのデビューEP。久しぶりにこの作品の歌詞を眺めていて、『僕』という単語の多さに驚いた。とにかく、自分。自分を見て欲しい。君やあなたという言葉が出てきても、それで自分のことを書いている。漢字の『君』とカタカナの『キミ』などは恐らく意味が違っていて使い分けていたのだと思うんだけど、よく思い出せない。でも、これはあのことを歌っているんだな、とかそういうことはわかる。デビューの時点で、既にpicnicあたりまでの曲はいくつも出来上がっていたけど、なぜこの選曲になったのかよく覚えていない(と思ったら高松がそれを書いていた。確かにそんなことを言ったような気もする)。ただ、デビューの話が来た時、高松に最初に電話したことを覚えている。

作るものにはその人の人間性が全て出ている(望もうが望むまいが)。その人がどんなことを考え、どんなものに価値を置き、どんなものを大切にし、どんなものを軽蔑し、嫌悪しているかが、出ている。

17歳から22歳くらいの僕は、基本的に苛立っており、とにかく友達じゃない男性なら全て憎んでいたような気がする。特に歳上。(女性は苦手で、あまり会話をしたりすることもできなかった。男子校育ちの悪影響。男尊女卑と逆の差別)。映画でも日常でも、歳上の男は大事なものを自分から奪っていくクソ野郎だと本気で思っていた。タバコの煙が嫌いで、ハードコアが嫌いで、洒落た服屋の店員が嫌いで、街中でコーヒーを持ち歩く連中が嫌いで、性欲を抑えられない連中を激しく憎んでいた。そしてそういう自分を正しと思っていた。信じていたと言うよりは、疑わなかった。あと、日々自分から純粋さや素直さ、無垢さが失われていく(となぜか感じていた)ことへの恐怖や焦りがあった。

こんな風に文字にして、客観的に見てだいぶ酷いなと思うけれど、そういった鬱屈した思いのようなものが物作りの原動力だったのかもしれない。本や映画は自分を慰めたり、奮い立たせたりするけれど、曲を書くということの価値はもっと、ずっと高かった。『こんなにクソな出来事ばかりの世の中を、自分は美しいものを作って浄化している』くらいに思っていたように思う。多分、半径60cmくらいで生きていたのでしょう。

本当に荒削りで、無知で、未熟で、無茶苦茶だったけれど、そんな自分たちに美しさを見出してくれたUK Project袴田さんがいなかったら、いまの我々はいない。
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picnic

多くの人のTHE NOVEMBERSの印象は、恐らくこの作品によるものが大きいと思う(第一印象は、それだけで強いものだけど)。この作品には、根拠のない自信がある。そして自信は根拠が無いものほど強い。反例や例外に左右されないから。つまりそれは客観性を欠いた、というよりは客観という視点が存在しないことを意味する。

歌詞に関しては、相変わらず『僕』がたくさん出てくる。前作も含めて、恋の歌が多いのかもしれない。『You and me』というと聞こえはいいけれど、同じ相手への愛憎が入り乱れている。「picnic」の冒頭の歌詞で、男性性への嫌悪や差別的な目線(男=レイプ犯)があからさまだけれど、恐らくこの曲がきっかけで、前を向くことや、より良くなっていくということを意識し始めたんじゃないかと思う。男性性について『憎むようなことじゃないのかもしれない』という当たり前なことも、自分で気づかない限りは永遠にそのままなんだと思う。半径80cmくらいで生き始め。

ちなみに小学生の頃、でかいコンクリートのブロックに左手の小指を挟まれ、それ以来少し動きがぎこちなくなってしまった。確か、工事現場に積んであったブロックの『かまし』の木材をとろうとして、挟んだんだった。ものすごく痛かった。

作品タイトルは、岩井俊二監督の映画 『PiCNiC』から。

塀の上、塀の上…

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paraphilia

すごく好きな作品。ある意味、自分のコアのようなものが結晶したような、澄んだ作品だと思う。テーマを明確に持ち、自分がイメージしたものを、高い純度で作り上げるということが初めてできた。ルシール・アリロヴィックの『エコール』という映画を少しモチーフにしたような気がする。『僕』の意味も変わり始め、『二人だけ』を描くようになった気がする。当時の僕の『何も知らない無垢な少女を、一生世界から隠し続け、自分だけが彼女をただ眺め続けたい。』という欲望がダイレクトに出ている(そして、それに疑問を抱き始めている様子も歌詞に出てますね)。「THE NOVEMBERS」と「picnic」を出して、たくさん取材などを受けるようになっていましたが、自分の話を人がうんうんと聞いてくれることに興奮し(向こうはそれが仕事だということをすっかり忘れ)なりふり構わずはなしまくった挙句、その記事に幻滅し、辟易し、『あいつらは何もわかっちゃいねぇ!』みたいなことをよく愚痴っていた気がする。このあたりから、作品にしろ、言葉にしろ、世の中に何かを残したり、誰かに影響を与えることに関して自覚的になっていく。ほんの少し客観性を帯びたため、自信に対して『根拠』が必要になっていく。

しかし、初期の曲って本当に曲構成が難しい。なんでこうなったんだろう、と思う。

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Misstopia

とにかく前作の反動で、ひたすらテーマを持たずに曲をたくさん書いた。「Misstopia」はメンバーとセッションで作った。この曲は、あっという間にアイデアが生まれ、あっという間に傑作の予感がし、あっという間に完成、はせず、紆余曲折を経て現在の形になった。このアルバムは、特に曲構成が複雑な気がする。すごいことをしたい、周りと違うものを作りたいという気合いを感じる。『二人だけ』だった前作から、『二人とそれ以外の世界』というモチーフに変わっていく(merがその入口だったと思う)。この時、歌い方を変えようとしていた。言葉をよりストレートに伝えたい、力強く歌いたいというポジティブなモチベーションがあったが、それもあってか、レコーディング中に喉の調子を悪くしてしまい、締め切りとの戦いになった記憶がある。駆け込むように録音を終えた。やはり、自然に歌うのがいいんだと思う(いまだに模索中だけど)。なんとなくこの作品は「Hallelujah」に近いものがある。というか曲の方の「Hallelujah」の原型がこの頃にはあって、一度だけライブで演奏したりもした。でも、納得のいくものにならずに一旦保留にした。

あの頃どれだけ頑張ってもできなかったことが、今ならできる。逆に、あの頃なんでもなく出来たことが、今はどれだけ頑張っても出来ない。とにかく、今は今しかないんだなーということが「Misstopia」と「Hallelujah」の関係にはあるんじゃないかな。

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To(melt into)

この頃、不眠が始まる。いつも、何かやり残している気がしていたし、今日できることはなるべく今日のうちに…と思っているうちに深夜になり、朝日を迎えて『あぁ、明日がきた』と安堵し、いつのまにか気絶するように眠るも、すぐ目が覚めてしまう。作りかけのアイデアや、書きかけの歌詞などを、今のうちになるべく形に残す活動に夢中だった。『死んで、作りかけのものとかスケッチみたいなものを公開されたら死んでも死に切れない』と、近いうちに死ぬことを前提にものを考え始める(可能性は意識してもいいけど、前提にしてしまっていたのはダメだった)。

デビュー作から現在に至るまで、THE NOVEMBERSのすべての作品のレコーディングエンジニア、岩田純也氏との化学反応というかコンビネーションのようなものが、さらに高まったのがこの作品。自分の中のこだわりや、意思のようなものをしっかり持ち、それを仲間になるべく正しい形で伝えることに、自覚的になった。「holy」という曲は、1stのころからあった。ただ、ルサンチマンの塊のようになってしまった曲をどうしても収録したいと思えず保留にしていたけれど、歌詞やアレンジを変えて収録した。『僕』についての「holy」から『あなた』についての「holy」になった。この作品は、自分にとって最初のターニングポイントだった。あらゆることに『本当にそうか?』という疑問を持ち始め、新たに『信じるもの』を選び直すような気持ちで生活していた。その結果『ツーと言えばカー』的なお約束ごとが自分の中で通用しなくなり、コミュニケーションが取りづらくなる。歌詞に『社会』や『常識』のようなものが出始める。
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(Two)into holy

「To(melt into)」と同時発売の1stシングル。もともとは一枚のアルバムを作っていたけれど、曲を作っていく中で、対になるような作品を作り同時に発売したいと思うようになる。二枚の対比をもってして、テーマ性をより浮き上がらせたい、という。彼岸と此岸のような。「再生の朝」は、演奏するたびに音楽が持つ生命力のようなものを感じる。そういえば、この二作品の時期に取材でのインタビュー返しをするようになった。『あなたはどう思ったんですか?』という点が僕にとっては重要だった。タイトルの( )の意味についてなど色々聞かれた記憶がある。

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GIFT

テーマは『試み』『実験』。ライブ録音を基盤に、様々な実験を繰り返した。叫びや、ラウドさ(と形容されるような要素)をあえて排除した作品。不眠真っ只中にもかかわらず、心身の健康に価値を置く、ということに自覚的になる。そしてそれはとてもシリアス(真剣)なことなのだと知る。ポジティブなもの、前向きなものに目を向けると同時に、無闇な綺麗事を排除しようとしていた気がする。「GIFT」という曲は、ケンゴくんが弾いていたフレーズが元になり、作った。「(Two)into holy」の後の物語として、『二人』の旅は一旦終わりを告げる。

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Fourth Wall

完全に前作の反動。そしてこれまでのような形の一人称、二人称が出てこなくなる。遍在についての作品。作品のテーマ性をモノとして具現化するにあたり、鏡のように反射する素材でパッケージを作った。初の紙ジャケじゃないかな。「dogma」は、高松があの雰囲気のフレーズをなんとなく弾いているのを聴いて閃くものがあり、あっという間に曲になった(このパターンが結構ある)。「children」に出てくる『スケートリンクで少年が踊る』の少年は、羽生結弦くんです。リリースツアーのファイナルを、恵比寿ガーデンホールで行う。映像を含めた演出も本格的に取り入れ始めた。この時期を境に、自分達なりの黒い耽美さのようなものを(初期4AD的な)表現できるようになった気がする。

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zeitgeist

二度目のターニングポイント。downyの青木ロビン氏に三曲プロデュースしてもらった作品(プロデューサーを迎えたのはこれが初)。このころは自分がバンドに限界を感じていた。自分のやり方も良くなかったはずだけれど、いくらメンバーとセッションしても良いと思えるものになかなかたどり着かず、焦っていた。かねてから連絡を取り合っていたロビンさんに理由を話し、やってみようということになった。実は「zeitgeist」という曲はほとんどロビンさんの曲で、彼のデモを元に曲を共作したような形だ。この作品には、様々なモチーフがある。ディストピア作品多数。問いかけ、未来、いつか出会う子供、が歌詞に現れる。この作品をレコーディングし終えた後、UK Projectから独立しMERZというチームで活動をし始めた。自分達なりにリリースの仕方を考え、手探りながら発売までこぎつけた。この時期から新しい仲間が増えていく。そしてなにより、独立をきっかけに再びメンバーの結束が固くなった(と同時につまらないケンカも増える)。

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今日も生きたね

ちょうどこの時期、僕に子供ができた。だから、この曲の仮タイトルは『kaede』だった。毎日毎日お腹の中で大きくなっていく赤ん坊に語りかけていた言葉がそのまま曲のタイトルになった。「To(melt into)」以降、今日死ぬかもしれないと思いながら生きていたので、自然と歌詞が遺書のようなものになっていった。ある意味、その当時の自分の集大成のような曲だと思う。

この頃、高野修平氏(トライバルメディアハウス/Modern Age)をチームに迎え、自分の音楽と世の中との関わり方に、より意識的になった。

アンセムを作るというテーマのもとに作られたこの作品を、ただ漠然と風呂敷を広げ世の中に広めるのではなく、人から人に、自分から相手へ、心から心へ繋がっていくようなものに出来ないかという話になり、高野さんが考案&命名したのが『シェアCD』。本当に素晴らしいアイデアだと思う(同じ内容のCDが二枚入っており、それを誰かにプレゼントできる仕様)。ここ最近、シェアCDがきっかけで付き合ったとか、結婚したとか、もう子供までいる、とかいう嬉しい後日談が届く。とても嬉しい。我が家の楓はもう3歳になります。今日生きることは当たり前じゃないと、本当に思う。

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Rhapsody in beauty

美しければなんでもいい。美しくないなら意味ない。というテーマのもとに作った。わざわざ言うまでもないテーマだったけれど、これが大事だった。なんだかんだで縛られていた架空の道徳や常識、慣例慣習や、無意識のうちにあった柵のようなものから脱却した作品。ライブでの定番曲なども多く収録されている。実はこの作品も「Misstopia」と関係している。あの当時の自分が、別の未来へ向かっていたら、という仮説の中で曲を書いていった。「Misstopia」の後に、あったかもしれない作品。いつのまにか捨ててしまっていたものや、こぼれ落ちてしまったものを、再生させる。そんなイメージ。最初の頃に書いた『自信と根拠』の話をするならば、この当時の僕は『根拠』や『理由』に雁字搦めになっていた。美しいものに、いちいち根拠や理由を補完しなければいけないような思い込みを抱えていた、とも言えます。『そうだ、自分は根拠や理由のために音楽をやっているわけではない。美しさのためだ。むしろそれ以外はない。マジかー、忘れてたわー』という。

Modern Age高野さんは、僕との会話の中で『パラレルワールド』というキーワードを拾い上げ、怒涛のプロモーション施策をデザインしてくれた。

ちなみに「僕らは何だったんだろう」も仮タイトルは『kaede』だった。

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Elegance

土屋昌巳氏をプロデューサーに迎え制作した作品。本当に端正で、気品があって、美しい。ちょっとしたことで姿や景色を変える音楽の不思議さ、神秘のような魅力を、昌己さんとの時間で体験した。一人の音楽家として、男としても、僕は多大な影響を受けた。正直な話、世の中が変わるとすら思ったし、いろんな人が驚くと思った。こんな綺麗なものを作ったんだから。と。しかし、そんな風に派手な、わかりやすい変化はなかった。浮かれていた僕は『え、こんなに美しいのに?嘘だろ』という安易な落胆を覚えてしまった。もしかしたら、自分の信じている美しいものに対して、世の中は大した関心もなく、そもそも美しいものなんてどうでもいいのかもしれないといった話にまで肥大した落胆を抱えたまま、しばらく時間を過ごすことになる。『根拠のない自信』は自覚的には持てず、かといって『自信のための理由や根拠』を必死にこしらえるのも滑稽だ。つまりは『意思』だなと、かなり後になってわかった。俺が決めることだ、と。

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Hallelujah

傑作を作ろうとして、傑作を作った。あの時のTHE NOVEMBERSのすべて。自分達のやり方で、自分達で決めたいい未来へ行く。行きたいでなく、行く。そんなことを少しずつ信じ直していった。リハビリと言ったら変かもしれないけれど、音楽を作ることで、僕は力を取り戻していった。いつかの自分達にとっての『いい未来』に、今自分達はいると信じている。

ただ、これはあくまでも通過点で、これからTHE NOVEMBERSはもっと良くなってく。あなたも、きっと良くなっていく。

また、いい未来で会いましょう。

 

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来月からいよいよ、ツアーが始まる。10月がきて、また11月がくる。

 

 
小林祐介